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宇都宮城

宇都宮城

宇都宮城の基本情報

名所宇都宮城
別名:亀ヶ岡城
文化財史跡
区分
住所〒320-0817
栃木県宇都宮市本丸町2-24
☎028-632-2529※都市整備部 公園管理課 管理グループ
築城平安時代後期
築主藤原秀郷?
あるいは藤原宗円?
入場料


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宇都宮城の歴史

宇都宮城は別名亀ヶ岡城と呼ばれている輪郭梯郭複合式平城です。

歴史は古く、平安時代に藤原宗円が二荒山の南側に居を構えたのがはじめと言われており、鎌倉時代から戦国時代にかけて城主であった宇都宮氏は、鎌倉幕府において有力な御家人でした。

また、京都とのつながりも深く、特に5代目の頼綱は近年ブームとなっている百人一首の成立にも関わりました。

ちょうどこの頃、世は戦乱、宇都宮城も土塁を張り巡らせた堅固な城で、現在では関東七名城の一つとして数えられています。

江戸時代には徳川の歴代将軍が日光東照宮へ参拝に行く際、将軍の宿泊にも利用されていました。

徳川2代将軍・秀忠も日光東照宮に参拝した帰りに宇都宮城に宿泊する予定でしたが、それを取りやめて宇都宮城へ宿泊することなく壬生城へ宿泊し江戸へと戻っています。

それは当時の宇都宮城城主・本多正純が釣り天井を仕掛けて将軍を暗殺しようとしているという流言があったからです。

この嫌疑により、本多家は改易、城主の正純は流罪となりましたが、実際には釣り天井はなかったそうです。

流罪となった正純は宇都宮城の縄張りを拡張し、土塁や水濠を巡らせた近世城郭へと改修し、日光街道や城下町の整備も行い、また、城内に将軍の宿泊のための本丸御殿の建設も行いました。

この大規模な改修は、正純に反感を持っていた秀忠の姉で前宇都宮城主・奥平忠昌の祖母でもある加納御前には正純を追い落とすための好機となりました。

本多氏改易後は何度か城主を代え、江戸時代後期に戸田氏が治めましたが、戊辰戦争の戦地となり、ほとんどの建物が焼失しました。
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宇都宮城の観光ポイント

現在は宇都宮城址公園として整備が進んでおり、櫓など本丸の一部が外観復元されています。

復元された土塁の中は宇都宮城にまつわる資料が展示されており、9:00~19:00まで誰でも自由に見ることができます。(年末年始は休み)。

また、2月下旬から咲き始める河津桜をはじめとして枝垂れ桜・ソメイヨシノ・大山桜と4月中旬まで桜を楽しむことができます。

10月には宇都宮城址まつりが行われ、1863年に宇都宮城主であった戸田忠恕が将軍の名代として日光に参詣するときの社参行列の様子が再現され、宇都宮の歴史に触れることができます。

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